『 一十郎とお蘭さま 』 南條 範夫

一十郎とお蘭さま (文春文庫)

◆ 一十郎とお蘭さま 南條 範夫 (文春文庫) \600

 評価…★★★☆☆

<あらすじ>

欅一十郎は越後にある三万石の小藩・村松藩藩士だ。六十石と低い身分ではあるが一流の剣士である彼は、何故かその力量と若さにも似合わず覇気の感じられない青年で、剣をもって出世しようという気も無く、江戸藩邸にいながら遊びをするでもなく盆栽作りなどして過ごしていた。国元に戻ってからも、美貌の側室に夢中の藩主のために起っている世嗣を巡る問題や、そこから派生した派閥争いなどにも全く興味を持たず超然としていた。

ところがひょんなことから彼の剣の腕が家老の耳に入り、藩主らの前でその剣技を披露することになった。そして、その時から彼の心は今までとは全く違うものとなった。その劇的な変化をもたらしたのはその時初めて間近で見た側室お蘭の方だった。「 あのように美しく臈たけた女人がこの世に存在するものなのか 」。それからの彼は昼も夜もお蘭の方のことを想い続けた。と言っても、それは具体的な恋情などというものとは違う夢のような強い憧れの気持ちだ。その後、お蘭の方の住まいの警護という任務を申し付けられ、側近くにいられるようになってからも想いは変わらなかった。お蘭方を自由にしている藩主に嫉妬めいた気持ちを抱くことなど思いもよらず、同様に雲の上の存在である藩主とお蘭の方が仲むつまじく過ごしているのを嬉しく楽しい気持ちで眺めている日々だった。

ところが、時代はそんな生活を続けさせてくれなかった。大政奉還が行われ、武士の時代は終わろうとしている時だったのである。そして、村松藩にも政府軍が押し寄せてくることになった。藩内も分裂していたこともあり、藩主は会津へと落ちのびることになったが、お蘭の方は安全のため戦火の及ばぬ故郷・大阪へと帰ることになり、一十郎は剣技を見込まれその供を仰せつかった。

激変する時代の中で、生活も変わり、人の心も変わっていく。その中でも一十郎のお蘭の方への気持ちだけは変わらなかった。生活が困窮し、一つ屋根の下に暮らすようになっても、彼は一途に崇め奉仕し続け、お蘭の方もそれを当然のことと受け止め、二人の生活はそのまま続いていくかと思われたが…。


うーむ、何かコメントしづらい作品だなぁ…。ストーリーは最初からわかってるようなものなのですね。私はちょっと予備知識があったというのもあるけど、それを抜きにしても時代背景とかからするとベタと言える展開だと思うのです。で、意外というか何というか、登場人物にも感情移入しにくい。一十郎もお蘭様も浮世離れしていて現実感に乏しいんだよね。人間味がないわけではないのだけど。でも、面白い小説ではあるのです。人間描写の面白さというか、作者の人間を見る目とそれを描き出す能力の高さに感心します。本筋とは余り関係ない(いや、大いにあるのかな…)江戸時代の武家の青年の女性に対する感情の話はちょっと目を開かされる思いがしました。確かに当時の環境で恋愛感情が醸成されることなんてそうそうないよなぁ。

※ネタバレあり

一十郎もお蘭様も政局とか時代の転変による挫折とか苦労みたいなものを一応経験はしたものの、ある意味では思うように生きていて、目的も果たした幸せな人生だったと言えるのではないかと思うのですね。

双方とも大人になりきれず、他人の心情を慮ることもできず、真実を見る目もなく、誰とも真の意味で心が通い合うことはなく、当然本当の恋愛などすることもなかったのだけど、本人たちが不満がなければそれでいいのかなぁと。読んでいる方としては哀れに感じたり愚かだと呆れたりするのですが、現在の恋愛だと言われているものの大半もこんなものであるような気もするしね。

とりあえず、一十郎ほどに何かに惚れこむことができて、それを何らかの形で我が手にすることができたというのは物凄く幸せなことであると思う。最後に少々幻滅するはめにはなっているけど、あの程度ならばかわいいものでしょう。

しかし、この話をちゃんと読んだの初めてだったのですが、年齢設定が高いのに驚きました。結ばれた時は40過ぎと50過ぎだって!(@_@;) 今でもちょっと歳いってるって感じだけど、作中の時代を考えると老人に近い年齢だよ。凄いなぁ。特にお蘭さまはその後、10歳年下の愛人の元に単身出奔するしねぇ。うーむ