『 アップルの人 』 宮沢 章夫

◆ アップルの人  宮沢 章夫 ( 新潮文庫 ) \540

 評価…★★★☆☆

<作品紹介>

何だか妙な視点と不思議な思考回路による話の展開で、笑わせてくれてたり呆然とさせてくれたりする分類も説明もしづらいエッセイの名手・宮沢章夫氏による、IT関連のエッセイ集。

Macユーザー向けの雑誌に連載されており、著者自身もMacユーザーであるため、アップル社製品周辺の話が多く、時には専門用語が羅列されることもあるので、Mac嫌いやITの全てを憎むというような人にはおすすめできないが、日常的にパソコンやインターネットを使っている程度の人には充分楽しめると思われる一冊。 話の始まりはIT関連でもほとんど関係のない話に終始していることもあれば、関連する単語すら出てこない話もあったりするゆるさが実に著者らしい。

ちなみに表題作はほんとうにアップルの人、つまりアップル社の社員を著者が街中で見かけて、思わず尾行した時の話。


宮沢章夫氏の著書には大抵 「 脱力系エッセイ 」 というようなコピーが付いているのですが、私にはどうもしっくりきません。確かに筆者自身の力は物凄く抜けてるとは思いますが、話の力が抜けてるわけでもないし、読んだこちらが脱力するわけでもなし。 それと心に移りゆくよしなし事を書くのがエッセイではあるけど、氏の場合は妄想の度合いが大き過ぎる気がします^^;

そんな氏の文章がIT関連縛りになったら一体どういうことになるんだろう? と思って、Windowsユーザーであり、そもそもはアナログ人間でPCやネットの話題に興味がない私なのですが、思い切って本書を購入しました^^; 

一応文庫になってる作品は小説も含めて全部読んでいるつもりの私ですので、宮沢氏がかなり早い時期からコンピューター好きなのは知っていたのですが、常々どうも馴染まないなぁと思っていたのですね。 そして、最初の数編はその感覚通りで、これは失敗したかなぁと思いましたね。 何だかこなれない感じで、むりやり笑いにつなげようとしてるように思えるのですね。もしかしたら、Macユーザーには凄く笑えるのかなぁと思うものもありますが。

しかし、半ばを過ぎたくらいから何だか慣れてきて( 多分著者自身も。紹介文にも記したようにIT全く無関係な話とか出てくるし^^; ) 結構楽しめるようになりました。 

Amazonに思いがけない品を親切、かつ律儀ににオススメされる話とか、オンラインのアップルストアで何もかも知っているかのように対応されることを現実の店舗の置き換えての話とかは思わず笑っちゃいました。 特に後者は面白いのでちょっと引用しますね。オンラインのアップルストアに入るとサイトの右上にある言葉が表示されているという説明があり、

 「 いらっしゃいませ宮沢様 」

  こいつ、なぜ俺のことを知っているんだ。 もしこれがデニーズだったら、そら恐ろしい状況で

 ある。

  ドアを開ける。デニーズに入る。向こうから若い女がやってくる。そして言う。

 「 いらっしゃいませ、宮沢様。デニーズへようこそ。お煙草は、お吸いですね 」

  なにからなにまでこちらのことを把握してる女がそこにいるのだ。 そんな恐ろしいことがある

 ものか。

確かに恐ろしい(笑) 同様の面白さでは次のようなものもありました。

  たとえば、どこかの商店でもいい。 それを町のパン屋さんだとしておこう。 そこで食パンを

 なにげなく買ったとしよう。 すると、店の宣伝だというので、店員がどこまでもあとをついて

 きたらどうだろう。

 「 毎度ありがとうございます。食パンのほかにも、クロワッサンはいかがですか 」

  一歩まちがえれば、それはもう、ストーカーである。 だが、私は毎日、それを受け取ってし

 まう。 買い物した店の人が、毎日、家に訪ねてくるかのように、それはきっちり忘れずに届く。 

 その熱意と努力に、私は敬意すら感じているのだ。

楽天 」 からのメールである。 ( 中略 ) メールは届く。 なぜか深夜に届く。

わかる!ですよね^^;  もちろん、現実には各サイトの仕組みなどは一応承知しているので、別に不思議にも不審にも思わないのですが、こうやって現実の店舗に置き換えられると凄く不自然な話だなぁと思いますよねぇ。やっぱりネット社会って変だとか改めて思ってみたり。

ただ、本書は分野が限定されているため、著者の変な魅力が充分に発揮されてるとは言い難いし、そもそもツボが違う人には全く面白くない可能性の高いヒトなので、宮沢章夫初体験の方には、まず、試しに別の作品 ( 『 牛への道  』 とか 『 わからなくなってきました 』 ) をおすすめしますね。