『 モーツァルトの息子 』 池内 紀

◆ モーツァルトの息子 史実に埋もれた愛すべき人たち  池内 紀  ( 知恵の森文庫 )\720  評価…★★★☆☆       <作品紹介> モーツァルトには6人に子供がいた。父に劣らず音楽的な才能に恵まれていた四男は14歳でデビューを果たす。モーツァルト二世はその後…。18世紀のウィーン、しがない小役人の名前をオーストリア帝国で知らない者はいなかった。彼が国中の建物などに自分の名前を「 落書き 」したからである。実在しながらも歴史の中に消えていった30人の数奇な運命を描く。    ( 文庫裏表紙紹介文 )
私の中では 「 カフカ作品の翻訳者・ドイツ文学者 」 として刻印されている池内氏ですが、エッセイストとしても著名なんですよね。でも、自分の中の刻印が鮮明過ぎて、欧州関連以外のネタを書かれていると物凄く違和感があります(*_*) 普通に読めるし普通に面白いんですけど、何というか気分的な問題で。 …という物凄く個人的な感想は全くどうでもいいのですが、本書はドイツや周辺国のお話がほとんどで、そんな私にも楽しく読めました^^; こぼれ話系や奇人変人の話が好きな私でも初見の話が多いのもちょっと嬉しい驚き。紹介文にもあるキング・オブ・落書きともいうべきヨーゼフ・キュゼラークの話が冒頭なのも良いチョイスですね。 しがない小役人なのに18世紀のオーストリア帝国中を縦横無尽に駆け巡り、その全てに自分の名前を書き残していった変な男なんですが、おそらく最初は軽い気持ちで行ったところに落書きをしていたのが、だんだんエスカレートして、最終的には国内で何かあると真っ先に駆けつけて我が名を記すようになったというところが何か求道的な感じで面白いのです。かなり有名になって警戒もされてたのに一体どうやってたのだろうというのが多数で、ほんとに不思議。その才能と熱意を他のことに向けてみるわけにはいかなかったのか?と考えずにはおられませんが、まぁ、その横滑りしたところが面白いわけですけどね。 しかし、ある式典で皇帝陛下をも出し抜いた彼に、直々に労をねぎらうお言葉をかけ、「 ただし、今後は、そのたぐいまれな筆をなるたけ文書室において活かすべく努力せよ( ※キュゼラークは文書室の書記官 ) 」 と諭したフランツ皇帝陛下は実に素敵です^^ 紹介されているのは全てがこういうほのぼのとした内容ばかりではなく、中には時代背景を反映した暗い内容のもの、人間って、あるいは社会って、どうしてこうなんだろうというような気持ちになるものもありますが、いずれも筆致は淡々としていて読みやすいです。また、一篇は短いですが意外に食い足りない感じはしません。もちろん、もっと詳しく知りたいなと思うものもありますが、それは素描もいいけど油絵も見たいという感じの欲求ですね。なければなくても充分満足です。 しかし、「 史実に埋もれた愛すべき人たち 」 という副題はちょっといただけないですよね。 だって、30人の中にピーター・キュルテン()入ってるんですよ(-_-;) ( 11月読了分 )     ※ピーター・キュルテン ~ 「 デュッセルドルフの怪物 」 と呼ばれる連続殺人者。   生き血を飲むのを好んでいたことで有名。「 デュッセルドルフの吸血鬼 」とも呼ばれる。   強い殺人衝動を抱えるが、自分の欲望が満足すれば相手を絶命させることには重きをおいて   いないらしく、殺人未遂が多いのが特徴。1929年~30年間での被害者は37人に及ぶが、   死亡者はうち12人。人の首を絞めることと鮮血を見ることに性的快感を感じる彼の絶頂が   訪れるタイミングが被害者の明暗を分けたらしい。   ちなみに鮮血に興奮する彼は、自分がギロチンで処刑されることに至極満足していたという。