『 ライダー定食 』 東 直己

◆ ライダー定食  東 直己  (光文社文庫) ¥620  評価…★★★★☆ <作品紹介> 23歳のOL・彰子は自分以外の人間と接するのが苦手で、家族ともうまくいかず、友人も恋人もいない。いつも自分の居場所はここではないという思いにとらわれていた彼女の、今の心の支えは北海道の冊琢内湖と、そこにあるというライダー定食が名物だというカフェだった。3年前に旅行ガイドに紹介されていたそれらを偶然目にした時に、何故か「ここは自分の場所かもしれない」という思いがこみ上げてきたのだ。そして、彰子はある日とうとうその場所に行くことを決意した。会社をやめ、バイクの免許をとり、北海道行きのフェリーに乗った彰子。果たして、そこに彼女の居場所はあるのか? (表題作) 他、『 納豆箸牧山鉄斎 』、 『 ペレリヌム・ハペリタリア 』、 『 炭素の記憶 』、 『 一九九三年八月十六日 』、 『 間柴慎悟伝 』の全6篇を収録。 ------------------------ おおー、これはほんとに驚きました。帯の惹句 「 こんな東直己、あり? 」 に偽りなしです。 「 唖然! 呆然! 愕然! 」 ってほどではないかと思うけど^^; でも、ほんとにバラエティに富んだ作品集で面白かったです。 表題作はネタバレしないようにこれ以上の説明は伏せるとして、個別の作品について軽く説明しておきます。 『 納豆箸牧山鉄斎 』 と 『 間柴慎悟伝 』 は、人間ではないものたちが主人公で、ちょっとSFっぽい感じの奇妙な味わいのお話。 『 ペレリヌム・ハペリタリア 』 は、ある青年の東南アジアでのちょっと変わった体験の物語。著者の実体験なのかと思わせるようなリアルな描写が良い。 『 炭素の記憶 』 は主役がリレー形式に変わっていくスタイルで、内容は犯罪に関するものが多いです。 『 一九九三年八月十六日 』 はヌカミソ、図書館、製造業、河童など色々な事物にまつわる話をまとめたもの。夏目漱石の 『 夢十夜 』 とか 稲垣足穂 の 『 一千一秒物語 』 みたいな感じですかね。 私はちょっとツツイっぽいなぁと思いましたが、解説の大森望氏は星新一を連想したそうです。この作品に限らず全体的にツツイ風味は漂ってる気がしますね。
※以下ネタバレ有り※ 表題作は、このテのを読みなれてる人には結構すぐにオチがわかっちゃうと思います。安くて美味しい特別な肉を使ったライダー定食が売りだが、その肉はいつでも手に入るわけではない…という箇所でピンときて、彰子がそのカフェになじんだ頃にマスターが「 もうすぐ手に入ると思う 」と言い出すので確信。そう、特別な肉=人肉なんですねぇ。まさにライダーのライダーによるライダーのための定食。オチに気付いてからはずっと彰子が可哀想過ぎると思いながら読んでたけど、幸せの絶頂で死ねたからいいのかなぁ…。 ちなみに、彰子はちょっと考えられないくらい嫌な女で、その不愉快な様はきっちり描写されているのですが、何故そんな風になってしまったのかが殆ど描かれていない (物凄く自意識過剰であるためというのだけはわかるけど) ので、ほとんどの人は感情移入できないと思います。こんな主人公も珍しい。でも、私には、彰子を嫌うだけじゃなく悪い評判を広げたり、面と向かって罵倒するライダー連中も極めて不快でしたけどね(-"-;)  仲間意識で凝り固まってるような連中ってキライなんだよなぁ。ジョギングとかツーリングとか、同じことをしてる人はみな仲間さぁ!みたいなノリがたまらなく嫌。あいつらもライダー定食にしてやればいいのに。まぁ、足がつくからダメなんだろうけど。 『 納豆箸牧山鉄斎 』 は箸立ての箸たちと果物ナイフ、フォークなどが主要登場人(じゃないけど)物で、解説にもあった『 田紳有楽 』( 湯呑と金魚が恋をする話。って、ちょっと乱暴なまとめ方ですが^^; )とか、ツツイの『 虚構船団 』( 文房具とイタチ類が戦争をする話。これも乱暴だ… )とかそんな感じですね。箸たちの独自の世界観がとても面白いです^^  『 間柴慎悟伝 』 も蝿の若者の話なので同系統ですが、生物よりは無生物の方が断然面白いんですよねぇ。どちらも最後は哀しい終わり方なのですけど。『 間柴~ 』 では、蝿の話より三田氏の背中にある人面瘡の方が気になりますね。 『 炭素の記憶 』 は、リレー形式で変わるそれぞれの話にリアリティというか魅力みたいなものがあって、ひとつひとつの話は短いのに妙に面白いし、何だかスピード感もあって良いです。 『 一九九三年八月十六日 』 は、ばっちり私の好みのタイプ^^  こういう奇妙な味わいの掌編集みたいのに弱いんですよね^^; 全ての作品が当たりだというわけではないですが、それぞれ雰囲気が違ってて面白いです。ちょっとホラー寄りかな。 著者の本道とも言えるハードボイルドの方には余り興味はなかったのですが、この作品集は気に入りました。また、こういうの書いてほしいなぁ。