『I’m sorry、mama. 』 桐野 夏生

I’m sorry、mama.  桐野 夏生 (集英社文庫) ¥460

 評価…★★★★☆

<あらすじ>

児童福祉施設の保育士だった美佐江は夫と行った焼肉屋で、以前その施設に入所していたアイ子に出会う。同時期にそこの入所者だった夫は彼女と関わりを持つのを嫌がるが、美佐江は過去に世話した子供たちがどうしているか気になっていたこともあり、彼女に会いにくるように言って密かに連絡先を渡した。

すると、驚いたことにその日の深夜に突然アイ子が自宅にやってきた。しかし、驚きはそれに留まらなかった。アイ子は灯油缶を抱えており、いきなりその中身を彼女にかけたのだ。そして、火をつけた。

地味で冴えない容姿に鈍重そうな表情と言動の、どこにでもいるような中年女のアイ子は、実は数々の犯罪に手を染めている恐ろしい女だったのだ。罪の意識も大した理由もなしに、盗み、火をつけ、人を殺すことを繰り返すアイ子。いくつかの名前と経歴を使い分け、居場所を次々と変える彼女の犯罪は、まだ一度も明らかになることはなかった。

アイ子は何を思い、こんな生活を続けるのか?様々な人物の思惑や人生が錯綜する中、彼女の秘められた過去が徐々に明らかになってくる。


※以下ネタバレ有り※

つい先日、「桐野夏生はもう読まない!」と決意したばかりなのに、ついふらふらと購入してしまいました(>_<) でも、本作の主人公であるアイ子は、ちょっと突き抜けた存在であるため、今までに比べると読後のダメージは少なかったですね。これも相当にひどい話ではあるんですが、自分に引き付けて考えるところが少ないんです。

しかし、児童福祉施設の入所者と保育士として出逢った25歳の歳の差夫婦(それも妻が上!)が冒頭であっさり殺されちゃうのには驚きましたね。あんなに物語性がある人達なのに。まぁ、本作の登場人物はみんな普通じゃないですけどね。全員がもれなくどこかに問題や過去を抱えているんですが、その中でもアイ子はいろんな犯罪者のコラージュみたいな存在です。こんなに問題のある人ばっかり集まらないだろうとも思うけど、類は友を呼ぶとも言いますからねぇ。あと、どうでもいいけど志都子のモデルはあからさまにアパ・ホテルのあの人ですよね。それと、売春宿がキーワードになるせいもあってか、ちょっと岩井志麻子作品を想起させる感じもありました。

結末は、あー、何だそんなオチなのって感じではあるんですよねぇ。でも、エミさんがアイ子の実母ではないかというのは何となく感じていたのですが、あんな物凄い物語があるとは…(-"-;) 話が凄すぎて逆に同情し辛いという奇妙な現象が起きちゃいましたよ。(観光バスのバスガイドだったエミさんが凶悪な脱獄囚11人に輪姦された結果の子供なんだそうですよ…。11人て…。エミさん良く生きてたなぁ…)

でも、色々な面から考えて、筆者はこの作品にリアリティを持たせようとしてるとは思えないんですよね。むしろ、過剰なまでに過激な情報を入れて逸脱させようとしている気がするんです。でも、細部は凄くリアルなので、受け止める側としては何か凄く変な感じ。鬼畜モノを書こうとしたけど筆力があり過ぎて、そうなってないって感じというか。いや、これは私の感想であって、作者の意図を慮る気は全くないんですが。

この辺の鬼畜モノとか犯罪小説とかノワールとかホラーとかについてはちょっと掘り下げたいところなんですが、この話を始めると収集がつかなくなりそうなので、今日のところはちょっと割愛(>_<)

本作に限らず、色んなフィクションやノンフィクション、現実の事件に接しても思うことなんですが、上位者と同じく下位者もいくらでも残酷になれるのですよね。自分がされたことを思えばこのくらい何てことないという気になるのか、生きるということに主眼を置いた時にそれ以外のことはどうでもよくなるのか。中庸で平穏に暮らしている人々には信じられないようなことであっても、彼らにとってはそれは何も特別なことではないのですね。ゴミを捨てるのと同じような感覚で殺人を犯すアイ子に多くの人は戦慄するのでしょうが、おそらく彼女にとっては自分の命の価値も同じようなものなのではないでしょうか。もちろん自分は死にたくないと思っているだろうし、生き延びるために努力もしてはいるでしょうが、それは本能的なもので、命というものがそんなに価値のある代物だとは思っていないと思うのです。

うーん、うまく説明できないのですが、「ひとりの命は地球より重い」なんてわけのわかんないことは絶対に考えてないと思うのですね。人間であろうが、空き缶であろうが、それが自分の役に立つか立たないか。彼女の価値観はそんなものではないかと思うのですね。そして、多くの犯罪者の価値観もそんなようなものではないでしょうか。まぁ、昨今では生活レベルに関わらず、自分にとって価値があるかないかで短絡的に判断したような犯罪が多く見られますが…。

それともうひとつ思うのが女性という性についてですね。本作のアイ子は全く魅力ある存在としては描かれていない(有体に言えばブスでデブの中年)のですが、それでも需要があるわけです。例えばアイ子が男性であれば、もっと早く行き詰っていたのではないかと思うんですよね。身寄りも魅力も能力もない男にはそうそう行き場所はないですよ。女性という性が利用できるものであるという事実、しかし、同時に搾取され奪われるものであるという事実、そして、この両方が女性を犯罪に走らせるものであるということを考えると同じ女性として暗然とせざるを得ません。

ああ、いずれにしても桐野夏生作品はうまいこと感想が書けない…(T_T)