『 一九三四年冬 ― 乱歩 』 久世 光彦

一九三四年冬―乱歩 (新潮文庫)

◆ 一九三四年冬―乱歩  久世 光彦 ( 新潮文庫 ) \500

評価…★★★★☆

<あらすじ>

1934年、昭和9年冬、40歳になったばかりの江戸川乱歩は、鳴り物入りで始まった連載小説 『 悪霊 』 に行き詰まり、どうにも追い詰められた気持ちのまま家を出て、とりあえず麻布箪笥町にあるホテルに身を隠した。

半年ほど前に偶然見つけた「 張ホテル 」という名前のそのホテルは、長期滞在用という性質上か、宿泊客のほとんどが外国人だという。その界隈にいつか住んでみたいと思っていたこと、その時に対応してくれた美青年のボーイが気に入っていたこと、そういう客層なら知り合いに見つかる可能性はまずないと思われることなどから、乱歩は当座の落ち着き場所に迷わずここを選んだのだ。

ほとんど行き当たりばったりに選んだ隠れ家だったが、設備やサービスは予想以上に良く、記憶に違わず美しい上に極めて気も利く中国人のボーイ以外にも、ふとしたことから言葉を交わすようになった同じ宿泊客のアメリカ人有閑マダムが、その美しく愛らしい見かけに似合わず極めて理知的で、かなりの探偵小説マニアであることなどもわかり、乱歩のホテル住まいはなかなか楽しいものとなっていった。

そして、同時に中断している小説とは別の、ふと書き始めてみた小説が、思いの外に筆が進み、しかも、過去の自分の名作に匹敵するような優れた作品になりそうな予感もしてきた。

『 梔子姫 』 と題したかなり猟奇的でエロティックなその作品が進むにつれ、現実の乱歩の周りにもちょっとした事件めいたことが起こり始める。謎めいたホテルに謎めいた美青年と美貌の人妻。そして、己の年齢から来る様々な衰えや今後の仕事、書きかけの作品の行く末。それらに心惑わせながらも乱歩は、ひたすら『 梔子姫 』 を書き上げようとする。


3年も前に買っていた本書を何故今まで読んでいなかったんだろう、私…。

当時久世氏が亡くなって間もなかったことと、乱歩への思い入れが強いことが理由かとは思うのだが、とにかく読み始めてすぐに、何故もっと早く読まなかったんだろうと自分を責める気持ちでいっぱいになりましたね。

作家・乱歩を描いた作品としても素晴らしいし ( 自身の年齢や作品に対する鬱屈、周辺作家に対する思いやちょっとした逸話、ポーへの思い、同時代の海外ミステリについて等々、大変に興味深い ) 、単純に昭和初期の中年ミステリ作家を主人公とした奇妙な小説として読んでも面白いし、乱歩作として書かれる作中作 『 梔子姫 』 がまた実にいいのです。

名演出家、名プロデューサーとして有名な著者ですが、私は世代がちょっとズレているのとテレビドラマというものにほとんど興味がないため、実は小説家としての仕事しか知りません。そして、久世氏の映像関係の仕事には全く興味がないし、おそらく見ても余り好みではないのではないかという気がする私なのですが、何故だか小説の方は不思議なくらい好きなんですよね。

著作数の割には内容は意外とバラエティに富んでいるような気もしますが、基本的には私の好むジャンルの小説ではないし、しかも、本来の私の趣味から言うとちょっと叙情的で、かつ粘着的な感じがする( いつも読むと隠花植物とかを連想してしまう^^; 色彩に溢れる描写とかもあって、華やかな感じも十分にあるのでこの喩えは、ほんとはふさわしくないのですがね…。湿った暗がりに密やかに、しかし、艶やかに咲く花というのがあれば、そういう感じ )作品が多いのですが、何だか好きなんですよね。読んでる間はまとわりつくような感覚を覚えるのだけれども、読み終えてみると意外と爽やかな感じが残るところとかなんとも独特で。

ここがすき!と断定できないのだけれども、読み終えた後、「 ああ、やっぱりこの人好き… 」 とつぶやいてしまうような。これが性が合うってことなのでしょうか? (^_^;) 話の内容ももちろん面白いのですが、その文章が私を惹きつける大きな理由の1つかもしれません。

ああ、でも、ある意味では今読んでよかったかもしれない。乱歩の感じる中年の悲哀みたいなものが、この歳になるとかなりリアルに身に迫ってくるから(^_^;)

まぁ、本作中の乱歩の年齢である40歳は、1934年当時は今の我々が感じるよりずっと老人に近いイメージだと思われますが。最近は30代を中年というと嫌がられるような世の中で、30~33歳までぐらいはまだ青年として認められるような風潮でありますが、数十年前には29歳でも中年とか表現されていたものですがねぇ…。

そういえば、『 ブラック・ジャック 』で、15歳の時に事故に遭って以来55年間意識不明だった男性が、B.Jの手術を受けて見事成功し、意識を回復したとたんに数分の間にみるみる老化し、本来の肉体年齢に達したと同時に老衰で死ぬって話があって、発表から数年だか10数年だか経って読んでたときには何とも思わなかったんですが、文庫になって読んでちょっと驚きました。だって、15+55って70ですよ?今のご時勢で、70歳で老衰で死ぬってリアルに受け止められます???でも、発表当時は全然自然な話だったわけですよね。こういうのを考えると年齢って何なんだという気になってきます。

ちなみに ↓ に収録されている 『 浦島太郎 』 という話です。ストレートなネタバレ題名だよねf^_^;)

 ◆ Black Jack―The best 14 stories by Osamu Tezuka (14) (秋田文庫) \590

……って、気付けば本題から何億光年か遠ざかってしまいましたね(>_<)

まぁ、あんまり作品に触れると味わいを損ねるので…という言い訳をしつつ終了(^_^;)

あ、でも、思い出して追加。

本作は、どうも乱歩に対して意地悪い見方をして、滑稽に描いている節が見受けられる(といっても決して悪意ではなく、嫌な感じではないのですが)のですが、中でもひどいなと思いつつ、つい笑ってしまったのが、乱歩が同宿のアメリカ美人妻と会話するシーンで、 「 禿げてるくせに甘えて訊ねてみた 」 というところ^^; いいじゃないか、禿げてても甘えたって!(笑) 

てゆーか、禿げで甘えん坊のスケベオヤジって結構ありがちなイメージじゃないか? あ、ここで「スケベ」って形容をつけてしまうのが私の禿げに対する差別意識か?f^_^;) って、ほんとステレオタイプなだけだと思いますがね。髪の薄い皆さん、何だかはからずも暴言を吐いてしまって、ごめんなさいm(_ _)m  私自身の好みから言うと、別にハゲでもヅラでも特に思うところはありません。

( 1月初旬読了 )