『 十五万両の代償 十一代将軍家斉の生涯 』 佐藤 雅美

十五万両の代償 十一代将軍家斉の生涯 (講談社文庫) ◆ 十五万両の代償 十一代将軍家斉の生涯  佐藤 雅美 ( 講談社文庫 ) \900 評価…★★★★☆ <作品紹介> 寛政の改革から爛熟の化政文化へ―御三卿の一橋家から思いがけず将軍となり、五十三人もの子をなし、孝心篤く実父治済と自身に官位を望んだ家斉。政治の実権を握っていた松平定信を追い落とし、老中首座となった水野忠成とともに舵を切ったインフレ政策の先見性と思わぬ陥穽。目から鱗が落ちる歴史小説 ( 文庫裏表紙紹介文 )
司馬遼太郎氏の書かれるような、いわゆる歴史小説を期待して読むとがっかりするかと思いますが、小説風ノンフィクションだと思って読めば大満足かなという感じの作品です(^_^;) 登場人物それぞれのキャラが立っていて、そのやりとりだの各自の心情だのが描かれているというようなことはなく、歴史上存在しなかった架空の登場人物が出てきたり、史料に裏づけられない想像による事件や人間関係が描かれるというようなことも全然ないので、いわゆる物語を期待して読む方には不向きかと思いますが、取り上げられている題材に興味がある人には決して退屈だということはなく、ある意味ではつまらない小説よりもよほど心躍る内容ではないかと思います。 まあ、佐藤雅美氏は、実在の人物をモデルにした小説の場合は大体こういう書き方をする人ですよね。だから、著者の作品を読み慣れている人は全然気にならないと思います。 で、全く知らなかったようなこともたくさんあり、大変興味深く楽しく読んだのですが、帯にある"「オットセイ将軍 」の隠された真実! " というのは誇大広告というか、的外れというか… ですね(-"-;) 江戸時代に興味がある人や江戸を舞台にした時代小説が好きな方は、徳川11代将軍家斉と言えば、「ああ、絶倫、好色、オットセイ将軍ね! 」とか 「 いや、あれでお庭番使ったり、意外と政治面でも侮れないんだよね 」 とか、色々と言いたいことや思うところがあると思うのですが、私も彼には主にオットセイ部分、さらに加えて、お庭番問題で興味津々でして( これは主に小松重男氏の作品群からの影響かと^^; ) 、正直この惹句を見て飛びついて買ったのですが、その期待に十分応えてくれたとはとても言えませんね。 ほほうと思うところは結構あるのですが、何故彼が「 オットセイ将軍 」 と呼ばれるほどにやたらめったらに子供をつくるようなことになったのかは、全然わからないといってもいいのではないかしら。ほかにすることなかったからって言われてもなぁ(-_-;) 確かに在位は長いし、年若な時期には殆ど何もさせてもらえず、中年になってからもなかなか思うにまかせずという状況もあるのはあるのはあるが、逆にそんな長期間ずっと女でヒマ潰しできるのが驚きじゃないか?とか。 それに、先ほどちょっと触れたように家斉は、お庭番を積極的に使ったり、無意味とも思える親孝行にやたら熱意を燃やしたり、結構あれこれと活動しているのですよね。異常な大人数の我が子の行く先を決めるというオットセイならではの仕事もあるし、それに関連して政治改革とか、さまざまの為すべきことは生じてくるし。で、それらの親として、子としての務めのせいで様々な問題が生じたというのがこの本の眼目でもあるのですけれども。 まぁ、詳細は省きますが、この本は「 水野忠成の隠された真実 」について書かれているというのが正しいと思います。これは、確かに衝撃的な隠された( 実際は別に隠していたわけではないのだが、結果的にね ) 真実だと思うし、彼を追い落とそうとしていた水野忠邦の真実や、その他の人々のお話も面白かったです^^ 何しろ有名な方々ばかりなので、紹介されるエピソードも既知のものが多かったのですが、見方が違ったり、提示される方法が違ったりするものもあり、それも楽しめました。 私は、池波シンパ ( 笑 )として田沼意次にはちょっと思い入れがないでもないのですが、松平定信にも、水野忠成、水野忠邦にも特に何も意見はなかった( というか、さほど知識がなかったf^_^; )のですが、本書を読んで両水野氏のイメージは随分変わりましたね。松平定信は前からのイメージが補強されたという感じですが^^;  「 琵琶ぼんと吹けば 出羽どん 出羽どんと 金がもの言ふ今の世の中 」 という落首の印象が強い水野忠成出羽守ですが、実は実務も極めて有能で、人を見る目もあり、人情もわかるという随分と魅力的な人物であったようなのですね。それに比べて、同族である水野忠邦の嫌なヤツぶりときたら、もう虫酸が走るようなもので。松平定信にも通じるところがあるんですが、人の上に立つような立場にありながら、四角四面で融通がきかず、一方で途轍もなく嫉妬深いとか恨みがましいという粘着質なところがある輩が私は大っっっ嫌いでしてね(-"-;) まぁ、そういうのが好きって方はそういないでしょうが。  両者とも紹介したいエピソードはたくさんあるのですが、まぁ、そこは本書を読んでいただくとして(^_^;) そんな感じで、本書の内容は盛り沢山で興味深いものばかりですが、入門編的なエピソードも多く含まれており、また、一連の物語があるわけでも、何らかの解決とか解答があるわけではありません。若干喰い足りないとか、肩透かしをくらったような気がする方などもあるかなとも思いますが、波乱に満ちた徳川11代将軍家斉の生涯をまとめた作品としては、読み物としても資料としてもなかなかのものだと思います。 個人的には、しつこいようですが、何故に11代将軍家斉が「 オットセイ将軍 」であり得たのかという点を、歴史的、環境的な面からはもちろん、心理学や性科学とか、生物学、優生学などといった点からも解き明かした本を読んでみたいなぁと思います。 徳川将軍って、初代家康は、好色な上に種も元気だったかで多くの子を残していますが、ほかには肉体的、精神的に全然ダメだったりする人もいるし、家斉は極端にしても、その子の家慶のようにやけに元気な人もいるしというふうに結構バラつきがあるんですよね。もちろん、在位期間だの社会情勢だのの物理的な問題故というのもありますが、そういうのも踏まえて、いろいろな角度から検討してみて欲しいのですよね~。いや、単なる全くの興味本位ですけれどもf^_^;) ( 1月上旬読了 )