『 忍ぶ川 』 三浦 哲郎

忍ぶ川 (新潮文庫)

◆ 忍ぶ川  三浦 哲郎 ( 新潮文庫 ) \540

 評価…★★★☆☆

<作品紹介>

兄姉は自殺、失踪し、暗い血の流れに戦きながらも、強いてたくましく生き抜こうとする大学生の「 私 」が、小料理屋につとめる悲しい宿命の娘・志乃にめぐり遭い、いたましい過去を労わりあって結ばれる純愛の譜 『 忍ぶ川 』。

読むたびに心の中を清冽な水が流れるような甘美な流露感をたたえた名作である。他に続編ともいうべき『 初夜 』、『 帰郷 』、『 圑欒 』など6編を収める。 ( 文庫裏表紙紹介文 )

この紹介文叙情的過ぎるよなぁ…。しかし、自分で書くほどの根性が今の私にはないので、とりあえず最低限の情報を補っておきます。

その他の収録作は、紹介されている作品群同様に著者の悲劇的な家族に関わる話を描いた『 恥の譜 』 と 『 幻燈畫集 』、それに全く舞台も毛色も違う作品である『 驢馬 』です。

ちなみに『 恥の譜 』は、父の臨終に際しての話でもあるのですが、私はこの題名はふさわしくないように思います。何というかむしろもっと明るい、救済された感じを受けるんですよね。 『 幻燈畫集 』 の方は著者の子供時代に焦点を当てています。


著名な芥川賞作家として当然名前と代表作名、そしてイケメン( 笑 )であることぐらいは知っていたものの、叙情的な作風らしいということや、題材に余り興味をひかれなかったことなどから全く未読でいたのですが、今夏逝去された際に新聞等に載っていた来歴や、人となりにちょっと興味を覚えて、今さらながら芥川賞受賞作を含む本書を読んでみましたらば、意外にもかなり性の合う作家さんだったことが判明!

もちろん舞台は凄く古い( 昭和半ばぐらい )し、題材も男女や家族の心情と交流といったものがメインで、全く私好みではないのですが、何と言うか予想外にドライなんですね。

そもそも私が興味を惹かれた来歴というのが、滅多にないような凄いものなんですが、それすらも何だか淡々と描かれている。もちろん、当人には物凄い煩悶やトラウマがあるのだろうけど、それを感じさせない…というと適切じゃないけれども、何と言うのかな、その当事者の感情を押し付けてくる感じがないのですね。

妻となる人との恋人時代のこと、結婚後のことなども、感情面も性的な面もちょっと恥ずかしくなるような感じで、しかも結構生々しく描かれてはいますが、不思議と全然不快じゃないんですね。恋愛物の大嫌いな私としては奇跡的とも思えることです。

そして、その一連の私小説っぽい作品のほかに一作だけ収録されている毛色の変わった作品『 驢馬 』が、またなかなかいいんですよ。

戦時下に東北に留学した満州人学生をめぐる話で、物凄く不快な厭な話とも言えるのですが、これもそのドライでシニカルな感じのせいか、意外に不快感がないんですね。でも、言わんとするところ( 戦時下の様々な歪み等々 )は凄くよく伝わる。

ほんとに物凄い今さらな感じなのですが、著者のほかの作品もぜひ読んでみたいと思わされました。

ちなみに、私が興味を惹かれたところの物凄い来歴を一応ご紹介しておきます^^

著者は青森の割と裕福な商家の出で、6人兄妹の一番年の近い姉が10歳違いという歳の離れた末っ子として生まれます。著者の容貌や学歴やその他の情報から推察するに、兄姉の方々も皆それぞれに才色兼備だったようです。

しかし、いかなる運命のいたずらか、この兄弟はそれぞれに不幸な道を選びます。最初の不幸であり、全ての不幸の始まりであったかもしれない事件が、次女の入水自殺です。これは不幸な恋愛故だったそうです。

それはまぁ、哀れではあるもののそう珍しい話ではないのですが、三浦家の不幸はそれからです。何故か長女が、次女の自殺は自分に責任があると思い込み、服毒自殺します。

そして、度重なる不幸に耐えかねたのか、周囲からも繊細であると見られていた長男が失踪します。これは失踪とされてはいますが、おそらくは死出の旅であったらしく、旅先から愛人に形見の品が送られていたといいます。

残されたそれぞれ1人の兄と姉のうち、姉は生まれつき目が悪く、外にもほとんど出ないような生活をしており、言い方は悪いが既に不幸な存在でした。

しかし、次男である兄は非常にしっかりとした人で、東京に行って実業家として働き、末子である著者を大学に行かせただけでなく、何くれとなく面倒を見てくれていました。仕事も順調で、独立して会社を起こす運びとなり、一家の不幸もこれで終わりかと思っていたところ、何ということでしょう。この次男までもが失踪してしまったのです。それも、会社設立のためといって、家族のみならず親戚一同から掻き集めた資金を全て持って。

これは死出の旅とはとても思えませんが、動機も事情も不明、その後の消息も全くわかっていません。

そして、これが一家の不幸にとどめを刺す形になります。

( 11月読了分 )