『 セピア色の凄惨 』 小林 泰三

セピア色の凄惨 (光文社文庫) ◆ セピア色の凄惨  ( 光文社文庫 ) 小林 泰三 \500  評価…★★★☆☆ <作品紹介> 「 親友を探してほしい 」。探偵は、古ぼけた四枚の写真を手がかりに、一人の女性の行方を追い始める。写真に一緒に写っている人々を訪ねていくが、彼らの人生は、あまりにも捩くれた奇妙なものだった。病的な怠惰ゆえに、家族を破滅させてゆく女。極度の心配性から、おぞましい実験を繰り返す女…。求める女性はどこに?強烈なビジョンが渦巻く、悪夢のような連作集。  ( 文庫裏表紙紹介文 )
奇妙な調査依頼を持ってきた依頼人の女性と風変わりな探偵のやりとりを挟んで、語られる4つの物語。その物語はそれぞれ女性の依頼に従って調査した結果の報告書の中に語られているもののようなのだが…という造りは意外に悪くないです。こういうのって別々に発表された作品を1冊にまとめる時によく使われる手法のような気がするけど、これは書き下ろしなんだよね。だからかな。 で、その依頼人と探偵のやりとりは妙にとぼけていて、ちょっと気が利いていたりもして、伊坂幸太郎路線?(笑)みたいな感じで、いつもの小林泰三を期待して読み始めると違和感はあるけど、なかなか悪くないんですね。 そして、その合間に語られる物語は見事に小林泰三の世界。しかも、4つはリンクしつつも、それぞれに異なるテイストがあって面白い。 ※以下ネタバレ有り※ 冒頭の 『 待つ女 』 は、ある意味では実に美しい愛の物語です。出逢った当日のわずかな数分程度以外は付き合いがなく、その後も会うことのなかった二人が全てをかけて愛を全うするわけですからね。これこそ、今流行りの「 泣ける愛の物語 」ではないでしょうか? (笑)様々な点から映画化は甚だ困難だろうけど^^; あと、男性の方はともかく、その相手は再会した時点では何の生き物なのかすら明らかじゃない感じになってるし、そもそも、本当にその女性なのか、人間なのかどうかすら怪しいから全うしたとは言えないのかもしれないけど。 出逢いのシーンはちょっと青春ラブコメみたいな感じのやりとりもあって小林泰三じゃないみたいだけど、なかなか愉快です。しかし、ひとつの物語でこんなに 「 ナンパ 」 という語が頻出するのは初めて見たような気がする(笑) 2話目 『 ものぐさ 』 は、その一語だけでは片付けられない色々な歪みを持った女性のお話。かなり極端に描かれており、悲惨な内容の割に滑稽味すら漂うのですが、ある意味では凄く現実的な話のような気もします。それによる問題が表面化するかどうかは程度や資質の問題で、こういう精神状態の人は現実に存在しているのではないかしら。かく言う私もそのひとりのように思います。かの名著 『 狂いの構造 』  で述べられていた 「 「 面倒くさい 」 が 「 狂い 」 のはじまり 」 という言葉を心に刻んで精進していかねばならんと思います(-"-;) 続く3話目 『 安心 』 は、ざっくり言っちゃうと強度の強迫神経症がねじくれてヤバいことになっちゃったねって話です。 このまとめ方からもわかるかと思いますが私はこの話は余り好きじゃないです(-_-;) 絶対に確実に実行したってわかっていても、「 ちゃんと鍵閉めてきたかしら? 」 とか 「 ほんとにスイッチ切ったっけ? 」 って思っちゃうようなところや、妙な心配や不安を抱えてしまうようなところは自分にもあり、そういう意味で共感が抱けないわけではないのですが、モノが壊れるということに対してだけ異常な不安を感じて実験を繰り返すのはちょっと…。カンのいい方はお分かりかと思いますが、ここで言うモノとは無生物だけでなく、生き物も含まれるのです。生き物が壊れるかどうかの実験といったら容易に想像できますよね?(-"-;)  この主人公の場合は、その実験が本人にも及ぶので納得はできるのですが、飼っていた金魚や犬猫への実験のくだりが極めて不快だったのでした(T_T) そして、ラストの 『 英雄 』 はちょっと毛色の違うお話。登場人物が関西弁なところも一役買っているかもしれないけど妙な面白さがあって、グロ描写はこれが一番だけど、読後は何故か爽快な感じがしてしまいます。あ、あくまで感想は個人のもので、読後感には個人差がありますf^_^;) これまでの作品が個人の狂気であったのに対して、本作は集団の狂気なんですね。ホラーの分類で言えば、恐怖の田舎って感じかしら。その土地だけに流通している独特の、一般から見れば明らかに異常な風習…というよりは、異常な価値観と言うべきかな? クライヴ・バーカーの短編で、村人全員で巨人を形作って、隣村の同様にして作られた巨人と死闘を繰り広げるという話を思い出しました。 って、この要約だとわかんないか。ちょっとあらすじを書きましょう。 何しろ何万人という人数で作られるわけですから、途轍もない大きさの巨人で、そこにおける村人1人1人は人体における細胞いくつか程度の価値しかなく、戦いの途上でばんばん死んでいくわけです。でも、人々はそれを当然のこと、いや、むしろ、喜びに思い、周囲に血肉や臓物を撒き散らしながら、熱狂した闘いは続いていくのです。そして、たまたまその場面に遭遇した観光客の若者が、最初は驚き、恐れ、呆れ、怒りを感じていたのに、最終的にはその狂気に巻き込まれてしまい、自らもその細胞のひとつになろうとする……というような話だったのですが、それと描くところは共通な気がします。 確か、『 丘に、町が 』 という題名で、集英社文庫のバーカー作品集に入ってます。 ( ← 『 ミッドナイト・ミートトレイン 』 収録でした。これ名作品集なんだけど絶版なのかなぁ… ) そして、これらの物語と依頼人と探偵の会話から想像される物語の終着点も期待できそうな感じに展開していくのですが、どうしたことか最終的にはあれ?って感じで収束してしまうのでありました(*_*) いや、ほんとにラスト数行まではほぼイメージ通りだったんですが、最後があれあれあれ?って感じなんですよねー。私がちゃんと読み取れてないだけなのかもしれないけど、え?結局何?って感じで終わってしまうのです。スーパーナチュラルな話かと思っていたら精神世界の話なの??? それも、他の4つのお話に書かれているような異常に病んだ精神の話ではなく、ごく普通に心を病んだだけのように思えるけど、これで終わりなの?だったら、あの異常な4人との関係は一体??? 等々…… まぁ、別にオチてなくても全然いいんだけど、何か納得できない気持ちが残るんですよねぇ(*_*) これだったら、単に4つの関係のない短編を収録した作品集の方がずっとよかった気がするなぁ…。あと、こういう風に終わるのであれば書名自体もちょっとどうかと。 しかし、まぁ、このラストを気にしなければ面白い作品集でした^^  そもそも、気にする必要はないのかもしれないし、実際余り気にならないけどね。 ( 2日28日読了 )