『 凶悪―ある死刑囚の告発 』 「新潮45」編集部

凶悪―ある死刑囚の告発 (新潮文庫) ◆ 凶悪―ある死刑囚の告発 新潮45」編集部 ( 新潮文庫 ) \580  評価…★★★★☆ <作品紹介> 人を殺し、その死を巧みに金に換える “ 先生 ” と呼ばれる男がいる―雑誌記者が聞いた驚愕の証言。だが、告発者は元ヤクザで、しかも拘置所に収監中の殺人犯だった。信じていいのか? 記者は逡巡しながらも、現場を徹底的に歩き、関係者を訪ね、そして確信する。告発は本物だ! やがて、元ヤクザと記者の追及は警察を動かし、真の “ 凶悪” を追い詰めてゆく。白熱の犯罪ドキュメント。 ( 文庫裏表紙紹介文 ) 2007年1月発行の単行本では告発までには至ったものの事件の全貌は解明されておらず、関係者も司法の裁きを受けるまでには至っていない、いわば犯罪ドキュメントとしては未完の状態であったものが2年以上後に発行されたこの文庫版で完結となっている。その文庫版書下ろし部分はもちろん、文庫版あとがきと解説も読み応えのある内容となっている。
紹介文にも書いてある通り未完とも言える単行本より文庫版で買った方が断然いい内容です。値段が安くなってるのに内容がこんなに濃くなってていいのかと単行本購入者の方に申し訳ない気持ちがするくらい( 笑 ) 扱われている事件は2004年10月に 「 新潮45 」 が報道したもので、私はネットニュースで 「 死刑確定の元暴力団組長が余罪を告白。 死刑執行の引き延ばしが目的か? 」というような見出しを見た記憶があります。 そして、その後それらの中で唯一司法の裁きが下った事件である家族3人からの依頼による保険金殺人は、かなり大々的に報道されたこともあり、記憶に新しい方も多いのではないでしょうか。私自身もこの事件への興味もあり本書を手に取ったのでした。 そして、読後の感想はただただ感心という感じ。関係各位は皆さんよくやったなぁ、悪名高き北関東の警察も結構頑張ったなぁとか(笑) ジャーナリズム発で、未解決どころか発覚すらしてなかった凶悪事件が明るみに出て正当な裁きを受けるというのは近年無かったことのように思います。 別の事件で死刑が確定している囚人からの告発というきっかけも劇的だし、かつて無い話ですよね。更に言うと、ジャーナリストとその死刑囚を橋渡ししたのが、同じ刑務所にいる死刑を求刑されている囚人というのもなかなかに劇的。 ただ、扱われている事件自体は割と地味で、いわゆる事件記事にあるような人間ドラマ的なものもなく( むしろ排除されている? )、淡々と事実を積み上げているので、不謹慎な言い方ではあるけど少々退屈な感じもあります。私は劇的な犯罪自体やそれをとりまく人間たちに興味を持つ人間なので、例えば告発者である後藤の人間性やこれまでの人生、そして犯した罪の内容とかをもっと知りたいと思ってしまうもので、話が核心に至らない上に筆者と後藤の関係もまだ深くない前半はどうものめりこめませんでした。事件の真相に近づいてきてからは随分面白くなるのですが、「 根本的に、善悪の判断や倫理規範に欠けた、筋金入りの犯罪者 」 とまで表現される後藤が何故そうなったかなどが全く分からないのが非常に不満です。 事件自体を追うドキュメントなので仕方ないとは思うけど、それだけの 「 凶悪 」 な人間でありながら、周囲の親しい人間には非常に慕われていたり ( 実際、本書で伺える限りではそんなに悪くない人物のように思える )、今回のような告発を思いついて行動に移したりする後藤という人物はすこぶる興味深いんですよねぇ。もう少しここを掘り下げることはできなかったのかしらと思わずにはいられないのです。さらに言えば、これは当然のことで仕方ないとはわかっているのだけど、告発されている 「 先生 」 についての情報が少ないのも物足りないんですよね。文庫版では刑が確定してるので顔写真も載っていたりして相当に情報は増えているのですけどもね。 この 「 先生 」 のようなごく普通の人に見えるし、実際ごくふつうに生活しているのに、単に金のためだけに何人もの人を殺して何とも思わない人間というのが私には全く理解できないし、いわゆる猟奇殺人犯などよりよっぽど恐ろしい存在であるように思えるのですが、こういう人間って実は今の日本にはたくさんいるのかもしれませんね。つい最近でも恐ろしい中年女性が2人捕まりましたよね…。そして、殺人というところにまで至らないレベル、例えば、人をだましたり、金品を奪ったり、心身ともに傷つけたりして平気な一見普通の人というのは確実に増えてきていると思います。いろんな意味で怖い世の中であります。 あ、でも、私が本書を手にとったきっかけとなった保険金殺人を依頼した家族はほんとに普通の人たちだったのだと本書を読んで思いました。報道を目にした時は鬼畜だと思ったのですがね。追い詰められて一線を踏み越えてしまって普通でなくなってしまうのですけど、やはり自分達の罪に怯え後悔もしているのです。これはなかなか辛い話でした。