『 一茶 』 藤沢 周平

◆ 一茶  藤沢 周平 ( 文春文庫 ) \610

 評価…★★★☆☆

<作品紹介>

生涯、二万に及ぶ発句。稀代の俳諧師小林一茶。その素朴な作風とは裏腹に、貧しさの中をしたたかに生き抜いた男。遺産横領人の汚名を残し、晩年に娶った若妻と荒淫ともいえる夜を過ごした老人でもあった。俳聖か、風狂か、俗事にたけた世間師か。底辺を生きた俳人の複雑な貌を描き出す傑作伝記小説。  ( 文庫裏表紙紹介文 )


入手困難だった作品が新装版で出たので、有難く購入しました^^ 字が大きくなるのは不満なのですが、藤沢作品だと単価はさほど高くならないですしね。

私は俳句は結構好きなのですが、一茶には余り興味はなかったのですね。教科書に載っているような動物や虫などが出てくるほのぼのした句のイメージしかなかったせいもあって、漠然と好々爺をイメージしていたのです。 貧乏句も知ってはいましたが、山頭火のそれとは違って、自虐ギャグのようなものだろうと思ってました。実際に滑稽味が強いというのもありますが。

晩年に歳の離れた若い妻と房事に耽ったというような話も聞いていましたが、別にそれくらい普通じゃん、てゆーか、、今まで独身で若い嫁もらったんだから、それが人として当然の振る舞いだろうとか思ってましたし^^; 

でも、本作の紹介文で、遺産を横領とも言えるような悪辣な手段で奪ったらしいことなどを知って、純朴な句風とは裏腹に現世的なしたたかな人だったらしい一茶に急に興味が湧いてきたのです。

で、実際に読んでみると、遺産の件は決して横領とは言えないし、悪質でもなく、むしろ、実利よりは精神的な理由の方が大きかったのではないかと思わせるところもあり、晩年の若妻との荒淫(笑)も想像通り何てことはない話だったのですが、ひとかどの宗匠になるまでの話が逆に面白かったですね。

そこに描き出される一茶の幼少時から青年期の意外な過去と、それらから形成されたらしい人間性も、もちろん面白かったのですが、当時の俳句の世界( 俳壇に留まらない、地方の同好会的なものも含めて )の仕組みのようなものが描かれているのも興味深かったです。 芭蕉関連の本などで少しは承知していましたが、各地に旅に出るのは吟行なんて優雅なものではなく、売れない芸人の地方営業のようなものなのだというのが露にされていてる点や、出自の差による句風の差とか俳諧への姿勢の差など、私には意外な発見もありました。

本書に描かれるエピソードからすると、一茶がしたたかで、現実的な人物であるというのは確かなようで、今まで知っていた純朴でおかしみのある句の見方が全然変わってきます。それは決して悪い意味ではないのですが、人によってはショックかもしれませんね^^; 私はこういう生臭い人間像の方がすきですが。そして、小才が利く割に、本当に要領よく立ち回ることはできず、どこか不器用で頑固なところがあるのが文人らしい気がします。芭蕉もそうだし、俳句をやる人というのは意外とこういうタイプが多いのかなぁと思ったりして。 

そんなわけで、充分に面白いし、意外な発見などもあったのですが、何だか微妙に喰い足りない感じがするのですねー。ここをこうという具体的な部分があるわけではないのですが、もう少し詳細に書いてほしい気がするというか。あ、全てが一茶の独白なところが物足りない気がする一因かも。伝記的作品というのであれば、他者からの視点も欲しいですよね。

最後に、本書に出てくる一茶の句のうち、面白いと思ったものをいくつか紹介しておきます。

 梅咲くや 里に広がる江戸虱

 よるとしや 桜のさくも小うるさき

 木つつきの死ねとて敲く柱かな

 穀つぶし 桜の下にくらしけり

図らずも今の季節である春の句が多くなってしまいましたが、やはり、歳をとると、人々や事物が動き出す春という季節には逆に無常を感じたりするんですよねぇ…。 そう、一茶のこういう句は、ある程度歳をとらないとわからないかもしれませんね。

貧乏句はストレートに過ぎるので、面白いとは思うけどそれほど感心はしませんでしたが、最後のは我が身に対する自嘲の度合いの方が大きく、応用が効くところがいいなと思いました。 

「 穀つぶし 」 というのを語義通りの意味だけでなく、読む側がそれぞれ思うダメな自分に置き換えて、味わえると思うわけです。 まぁ、私なんかはほぼ語義通りの穀つぶしなんですけどね…