『 酒気帯び車椅子 』 中島 らも

◆ 酒気帯び車椅子  中島 らも  ( 集英社文庫 ) \630 家族をこよなく愛する小泉は中堅の商社に勤める平凡なサラリーマン。彼は、土地売買の極秘巨大プロジェクトを立ち上げた。必死の思いで進めた仕事のメドがたったある日、計画を知るという謎の不動産屋から呼び出される。彼を待っていたのは暴力団だった。家族を狙うという脅しにも負けず敢然と立ち向かう小泉だったが……。容赦ない暴力とせつない愛が交差する中島らもの遺作バイオレンス小説。 ( 文庫裏表紙紹介文 )
総合的に言えば面白かったと言っていいかなあと思いますが、作品の出来ということでは正直よくないんじゃないかと思います。 後半のバイオレンスになってかそらはいいんですが ( そこに至る展開はある意味物凄いベタだけど、その他の着想は秀逸 ) 、前半がひどすぎるんですよね。 バイオレンス小説ということでわくわくしながら読み始めたのに、何かびっくりするくらいつまらなくてリアリティのない幸せ家族と幸せサラリーマンの描写が延々続くので、前半の半ばくらいで、苦痛になってきて読むのをやめようかと思ったくらいでした(T_T) ※以下ネタバレ有り※ 導入部は仕事も家庭も上手くいってる普通の会社員てのは、ある種のパターンなんで別にいいんですよ。それが不自然なくらいに幸せ家族であっても、まあ良いです。来るべき不幸との対比の効果として認めます。それにしてもリアリティなさ過ぎ、大石圭ばりだ、いや、妙なユーモアがあるだけ彼を超えるよ、とか思う代物であっても、家庭生活は個人差もあることだし、まあ何とか許容しますよ。 しかし、本作の場合はそれが会社生活にまで及んでいるのが許しがたいのですよねぇ。 家庭生活の方と違って、全部が全部嘘臭いわけではなく、内容もしっかりしてて面白いところもあるのですが、登場人物や人間関係が嘘臭すぎるんですよね。特に主人公のお気に入りである部下の女の子。彼女は全く有り得ない存在ですね。主人公とのやりとりとか読んでて、どちらも殺したくなってきましたよ。まぁ、この世のどこかにはあんな人たちも存在しているのかもしれないですが、私には全くリアリティが感じられませんでした。 リアリティないと言えば、主人公の暴力団に対する態度も不自然ですよねー。一介の堅気のサラリーマンがあそこまで突っ張るか?しかも、会社に相談せずに単独で。 それと中島らもの読者ならピンとくるようなネタが結構あって、そこがいいという人もいるのでしょうけど私はダメでしたねぇ。話に上手く溶け込んでいるのならいんだけど妙に浮いてる感じがするし。今までの作品でこういうのなかったと思うんだけど、最後の作品だけこんなのって出来過ぎというか悪趣味というか…。いや、それはご本人のせいではないけど。 ちなみに、私は『 啓蒙かまぼこ新聞 』 の頃からの由緒正しい中島らもファンです。イラストはどうかと思うけどエッセイも小説も大好きで、文庫になったのは全て読んでるはずです。それでも、というか、だからこそ、本作の前半はどうにも嫌だ(T_T)  あと女性の登場人物 ( こどもだけど娘も含む )がみんな物凄く不自然ですね。実際の本人の言動も不自然だし、主人公から見た描写においても不自然。これまた大石圭かって感じなんですが、らも氏の場合はそれなりに魅力的な人物に描けてるので全くリアリティがないとか不快に感じるということはないんですけど、やっぱり不自然は不自然だよなぁ…。特に奥さん。ドアの鍵閉めないくだりもどうかと思ったけど、物凄くいい奥さんなのに、何故アル中で入院したこともある夫にその後も大酒を飲ませるのだ?バカなの? てゆーか、バカだよね? あと、これはご本人には何の罪もないんですが、陵辱シーンでヤクザどものセリフと主人公の独白で、大変美しい肉体を所有している上に、機能的にも素晴らしいお道具をお持ちであることが明らかになるんですが、その設定は必要か? 別にそんな特別な体じゃなくても愛する妻だというだけで十分じゃないですか?まぁ、犠牲になる奥さんがそういうのだってのはエログロ系バイオレンスのお約束と言えば言えるけど、このシーンに来るまではラブコメ調だったのでどうにも馴染まなくて(-"-;) この陵辱シーンはほんとにひどくて色んな意味で不快でした。 …と、珍しく人間らしい意見を言ったあとになんですが、ラストのお礼参りの大殺戮 ( 3人で42人! )は実によかったですね^^; 奥さんを陵辱した男たちに同等の報復 ( ひとりの腹に穴を開けて、そこにもうひとりのモノを突っ込ませて、ピストン運動をさせてる最中に銃殺 )をするシーンなんて惚れ惚れしました^^; 戸梶圭太ばりのグロスラプスティックな感じだけど、鬼畜にはならずに明るくて暖かい感じがするのがらも流ですね。何しろ愛と友情があるからな(笑) ほんとに友情のみで助っ人に来る親友のやっちゃんと飲み友達の米兵ガーリックが凄くいいんですよね。ふたりとも物凄く活躍してくれるし。そして、最後に美味しいところを持っていく刑事の臼井さんもめちゃめちゃかっこいいです。これだけのことをやって、どうやらハッピーエンドに終わるらしいところが、またいい。大抵のバイオレンス小説だと最後に復讐は成功しても主人公側もボロボロになったりしちゃうんだけど、こちらは正義は勝つ!って感じで犠牲者も出ず、大した被害もなくめでたしめでたし。愛・友情・正義ってジャンプかよ!と突っ込みつつも、いい気分で終われます^^; ( ←そんな突っ込みを入れるのはお前だけだ ) 前半の妙な日常生活と違って、後半はスーパー車椅子の製作から特訓と全て荒唐無稽な感じなのに、全てちゃんとリアリティがあって勢いもあって、前半を忘れる面白さです。ほんとに何故あんな前半なんだろうと残念でなりません(T_T) ( 8月読了分 )