『 レイコちゃんと蒲鉾工場 』 北野 勇作

◆ レイコちゃんと蒲鉾工場 北野 勇作  ( 光文社文庫 ) \560 評価…★★★★☆ <あらすじ>  蒲鉾工場に勤めている甘酢くんは入社してから日が浅く、社内のことや扱っている商品である蒲鉾についてもわからないことが多いのだが、下っ端ゆえに様々な仕事を押し付けられるはめになる。押し付けられた最初の仕事は、品質劣化のため暴走して品質管理部の出子山係長をさらった蒲鉾との交渉だった。そして、この危険な仕事を直属の上司である豚盛主任と共に、苦労しながらも何とか解決したため、とうとう二人して特殊事件調査検討解決係という新しい部署に配属されてしまう。部員はこのふたりだけなのだが。 そうやって、会社で奇妙で危険な事件に立ち向かう日々の中、甘酢くんはレイコちゃんという小学生の女の子と知り合う。工場の近くで迷子になっていたのを家まで送っていったのがきっかけだった。そして、気付いたら、彼女の母親が営む喫茶店に毎日のように通うになっていたのだが、このレイコちゃんと過ごしている時にも奇妙な出来事に遭遇することが多い。そもそも彼女自身がどこか奇妙なところがあるのだ。 考えてみると、甘酢くんの勤める巨大な蒲鉾工場が中心となっている、この町自体が何か奇妙だ。様々な出来事や人々が交錯し、やがて、甘酢くんが辿り着くのは…。 ------------------------------------------ 北野勇作氏お得意の連作短編集。一篇一篇を独立した物語として楽しむことも可能だし、通して長編として味わうのもまた良し、という一粒で二度美味しい作品集です(^_^)
※以下ネタバレ有り※ いやぁ、久しぶりに北野勇作ワールド全開って感じですねぇー。満足満足(^_^) 書店で題名を見た時は 「 何だぁ!? 」 っと思いましたけど買ってよかったわ。 しかし、ほんとに何でこんな題名にしたんだろう?いつものシンプルだけど何となく興味を惹く題名がすきなのになぁ。 あと、「 大人のためのファンタジー 」 ってのもちょっと違いますよね。モリナツさん風に言えば、この作品に私のSF感覚器官はきっちり反応しましたし(笑)、例によって淡々かつ飄々としてるし、とぼけてもいるけど、決して牧歌的な感じの話でも幻想的な話でもないんですよね。 佐藤哲也氏 ( 私はこの方も似た雰囲気の作品を書く方だと思うのだけど )の解説にもある通り、北野氏の作品には大抵戦争の影があるんですよね。そして、当然それに付随する破壊と死の影も。それがはっきりしたものであるか、ほんとに薄っすらとした靄のようなものであるかは作品によって違うけれど。そして、その重みのようなものは受け止める側によっても違うかもしれませんね。ただ、それがある以上、おとぎ話めいたものではあり得ないと思うんですよね。 そして、それと共に、いろんなもの( 人体やその他の生体、機械類 )の改造や改変や同化や複合といったイメージが多いように思います。 『 どーなつ 』 のアメフラシくんや人工知熊、 『 ウニバーサル・スタジオ 』 のあれやこれや、そして、決定打とも言うべき存在が、本書の謎の蒲鉾たちとそれに関わる人々。 いずれも奇妙で、時には少し恐ろしく、でも、妙に魅力的。 そして、それらが登場する世界の物語として描かれていることは、よくよく読んでみるとグロテスクだったり、悲惨だったり、恐ろしかったりするのですが、物語の中の人々やその他のモノたちはいずれも不思議と淡々としていて、場合によっては楽しそうだったり、幸せそうだったりすらするのですね。この何とも言えない不思議な世界観が大好きです。 しかし、ほんと本書の 「 蒲鉾 」 は今までの北野作品の登場人物( …じゃないな、何だろう?登場物質?(^_^;) の中でも出色ですね。 様々な種類と機能がありながらも、あくまでもその練り物としての本質を失わないところが実にいいです。 たとえば、あらすじで紹介した出子山係長をさらった蒲鉾は 「 特製自走式特殊蒲鉾 」 と呼ばれるもので、蒲鉾板の下に取り付けられた車輪で自走する作りに加えて、そのいわゆる蒲鉾部分であるたんぱく質組織の中にあるソフトウェアも状況に応じて自走するという優れた機能を持っているものなのだそうです。 まぁ、品質劣化でこの自走機能が暴走しちゃって誘拐事件を起こしちゃったわけですが^^; でも、この暴走の方向性が実に蒲鉾的でかわいいのです。 やってることはかなり凶悪ですけどね^^;  ちなみに、これは試作品で商品化はされてないらしいですが、この工場では ラーメンからミサイルまで というコピーのもと様々な蒲鉾を製造しているらしいです。その説明のところが面白いので引用しますね。 「 単なるインスタントラーメンでも、そこに蒲鉾を入れるというだけでちょっとした手料理みたいになったり、単なるミサイルがその制御部分に蒲鉾を使用することで発見的手法を有する自動判断式ミサイルになったりもする。 」 えーと、前半はいいんですが後半はどういうことで? と思われることと思いますが、まぁ、何かそんな感じの蒲鉾なんですよ^^; この蒲鉾たちや工場の詳細は説明されることなく、そんな蒲鉾で、そんなものを作っている工場だということで話はふつうに進んでいきますが、社内の事情や設備など、それぞれの商品や素材の説明と描写などで、何となく事情はつかめてきます。 結びの一篇を深く読めば更なる真実が明らかになるようではありますが、私はそれはどちらでもいいように思います。 ああ、前半と後半の落差ということで面白かった台詞をもうひとつ。 蒲鉾の原料が横流しされているらしいという時のコメント。  「 品不足で高く売れたりするらしいからね。料理しやすくて、乾きものにも湿りものにも濡れものにも、よく馴染む。それに保存も比較的簡単だ。最近では、脳だとか肉体だとかの不法改造なんかにも流用されてるらしい。 」 ふむふむ、 ……え? ってなりますよね^^; えーと、最後のセンテンスとそれまでの間に物凄い飛躍を感じるんですけど??? と、やっぱり思っちゃうんですけど、だから、そういう蒲鉾なんですよね、ええ、ええ。 何というか、自分の頭の中に意外と確固たる蒲鉾像 ( 何だそれ^^; ) が存在しているらしくて、これは自分の知っている蒲鉾とは違うんだとわかっているのに、油断してると普通の蒲鉾をイメージしながら読んじゃうんですよねぇ。それで、こういう台詞が出てきた時に、いちいち 「 え? 」 ってなっちゃう。まぁ、そういうところが面白いんですけど^^;  でも、この作品の面白さはきっと日本人にしかわからないんだろうなぁ。この面白さも設定も蒲鉾ならではだもん。他の練り物や、それに近似するハムとかソーセージじゃダメなんだよね。 でも、蒲鉾はちょっと別格( 何故ならば 「 板 」があるから )ではあるけど、練り物ってなんだか面白い存在ですよね。可塑性が高いからかなぁ。味も淡白だし、もともと材料を不定形の状態にして作るから、包容力がある感じで応用がききそうだし。巨大はんぺんとかICチップ入りちくわぶとかイメージしやすいもんね。あ、今書いてて思ったけど、名前の響きがかわいいものが多いですね。かまぼこ、てんぷら( 西日本限定表現)、ちくわ、はんぺんなど。私は食べ物としてはそんなに愛情はもってないけど、何となくかわいいヤツらだなと思うのはこのせいかな。