『 臨場 』 横山 秀夫

臨場  横山 秀夫 (光文社文庫) ¥620 評価…★★★★☆ <作品紹介> 臨場─―警察組織では、事件現場に臨み、初動捜査に当たることをいう。捜査一課調査官・倉石義男は死者からのメッセージを的確に掴み取る。誰もが自殺や病死と疑わない案件を殺人と見破り、また、殺人の見立てを「事件性なし」と覆してきた。人呼んで『 終身検視官 』――。組織に与せず、己の道を貫く男の生き様を、ストイックに描いた傑作警察小説集。全八編。 ( 文庫裏表紙紹介文 ) ---------------------------- 「 ケンシカン 」 という言葉を聞くと、「 検死(屍)官 」 と変換してしまう人が多いのではないでしょうか? そして、この傾向は読書好き、ミステリ好きの人ほど強いのではないかしら。何だかんだ言っても、P・コーンウェルと 『 検屍官ケイシリーズ 』 は偉大ではあります。しかし、本書で描かれるのはその検死官ではなくて 「 検視官 」です。 大雑把にまとめると、前者は医師で警察組織に属さず、本人が死体の解剖までを行う人であり、後者は医師の資格を持たない警察官で、死体および死体がある現場の状況捜査を行う人なんですね。もちろん、後者は医者じゃないので解剖などはできません。解剖の立会いはできますが義務付けられてはいないそうです。そして、日本に存在するのはこの「 検視官 」 のみなんですね。 ( 厳密に言うとそういう役職はないので、実はどちらも存在しないといえばしないのですが、「 検視 」 という言葉は法律用語として存在するし、「 検視官 」 も通称としては一般化してるようなので見逃して下さい^^; ) 海外ミステリを読み慣れてると、我が国の仕組みが何だか不思議な感じがするのですが、この「 検視官 」という中途半端な存在が、実はなかなか面白いんですよね。
本書の検視官・倉石は、 「 余人を以て代えがたし 」と刑事部長に評され、「 終身検視官 」と異名をとるまでの能力を持ち、人間的にもアウトローな感じでありながら隠れた優しさがあり、さらに指導力もあるという、ちょっと極端なキャラクターですが、天才肌じゃなく職人肌な感じなので、そう不自然ではないです。それに、本書は倉石を軸にして、周囲の人々のドラマを描くという作りになっていて、倉石本人の内面には踏み込んでいないので、その極端なキャラクターが余り気にならないのですね。それだけの材料で、この推理って、あんたはホームズかって気がしないでもないものもありましたが、あの名探偵みたいに飛躍した推理ではないので突っ込むには至りません^^; 現実の悲哀とか、やり切れない話とかをリアルに書いた作品群より、こういう軽く読めるものの方が私は好きです。あ、軽くというのはあくまでも当社比です。本書は何しろ全て変死体の話ですから、そういう描写もあるし、人間のドロドロした話なども当然出てきます。ただ、短編なのと倉石という極端なキャラクターのおかげで、私は比較的軽く読めたということなのです。でも、『 声 』 という作品は物凄くムカつきました。何でこんなひどい話を書くんだろう…。作中人物も心から反省しているとも思えないし、これを読んだ男性が我が身を振り返るとも思えない。扇情的なだけの作品に見えます。いや、別にそういう作品でもいいんですが、他の作品に比べるとこれだけが余りに読後感が悪いので…(-"-;) リアルな検視官のお話が読みたい方には、『 東京検死官<三千の変死体と語った男> 』 ( 山崎光夫 著)をお勧めします。 題名は「 検死官 」になってますが ( 多分この方が売れるんでしょうねぇ。この 『 臨場 』 の帯にも 「 検死官 」 って入ってたし )、 昭和31年から約18年間、検視業務に携わった芹沢常行氏へのインタビューを元に構成されたノンフィクションです。少々時代は古いですが警察組織などは多分変わってないでしょう^^; ( 3月読了分 )