『 むこうだんばら亭 』 乙川 優三郎

◆ むこうだんばら亭  乙川 優三郎 (新潮文庫) ¥539  評価…★★★☆☆ <作品紹介> 江戸での暮しに絶望し、あてどない旅に出た孝助は、途中で身請けした宿場女郎のたかと銚子へ流れ着いた。イワシや醤油で賑わうとっぱずれの地で、彼は酒亭「いなさ屋」を開き、裏では桂庵を営んだ。店には夜ごと寄る辺なき人々が集う。 貧苦ゆえに売笑する少女、放埒な暮しに堕ちてゆく女…思うにまかせぬ人生の瀬戸際にあって、なお逞しく生きようとする市井の男女を描く連作短編集。  (文庫裏表紙紹介文より)
※以下ネタバレ有り※ 筆者の作品を読むのはこれで3作めくらいかなぁ。悪くはないんだけど、これっていうのもなく、更に私にはやや叙情が勝ちすぎてる気がして積極的に読むというところには至ってなかったのですが、本作はちょっと出色って感じです。食い足りないところなどもあるにはあるんですけど、銚子という漁師の土地での泥水すすることもある階層の女たちの生き様が新鮮で面白い。先日、映画『 吉原炎上 』に文句つけましたけど、身を売る女たちの心情って、場所柄に関わらずこういうのがリアルなんじゃないかなぁと思いましたね。 現代ならまだ中学生程度の小娘が自分の女としての商品価値に気付き、かつ女としての本能のようなものにも気付いてしまい、それを利用して生きていこうとする様は何とも辛いものがありますが、それはそれで正しいことのようにも思えるんですね。むしろ、その旺盛な生命力を評価すべきというような気もします。この娘の場合は家計のために働くという部分も大きいことだし。 正直なところ、女性の性を商品化することの是非は私には判断できません。本書にも当然ありますし、数多の時代小説や歴史書にも描かれている通り、その結果、幸せになった人(当事者や関係者および男女含めて)も意外と多くいるわけですしね。私も今現在何か不幸があって、突然路頭に迷うことがあったら、手っ取り早い生計の途としてそういう道を考えるでしょうしねぇ。本人の意志に反してムリヤリっていうのでない限りは容認したいところではあります。 …と、微妙に作品から離れた話になってますね。話を戻しましょう。本書の魅力でもあり欠点でもあるのは、一応連作の主人公的に設定されている孝助について、余りにも語られなさ過ぎるところですね。彼がどんな経歴を経てきたのか、そして、わけありらしい、たか との関係や現在に至る経緯はどうなっているのかというところに物凄く興味はあるけど、それが語られないところがいいって気もするんですね。仮にこれが孝助と たか と 「 いなさ屋 」 を軸としたシリーズものとして展開されるんであれば、中心人物の詳細は知りたいと思うのですが、この一作で終わるのであれば、この恬淡とした感じが実に好ましいと思うのですね。余所者である孝助や たか はあくまでも舞台装置であって、ここで語られるのは地元の男女の物語っていうのが凄くいいんですね。双方の視点が入り混じって、どちらの立場でもない読者にもわかりやすく感情移入しやすい。 しかし、海辺に住む人の物語というのは何故にこんなにも魅惑的なのでしょうか?岩井志麻子氏や赤江瀑氏、その他大勢の人が様々な場所や時代で書いているけど、そのいずれもが現実の過酷な労働や状況を描いていても不思議に幻想的で魅惑的。これは私が田園地帯の出身だからなのでしょうか?(ちょっと走れば山も海もある土地柄ではあったが、漁村とか山村とかいう感じではなかった)それとも島国の住民として海に憧れめいたものがあるのでしょうか?実際に漁村の出身の方なんかはどういう風に受け止められるのかなぁ。実に興味深いですね。 ところで、作品とは全く関係ない話ですが、Amazon新潮文庫の表紙画像が発売後しばらく無いんですが、あれは何故なんでしょう? 数週間~数ヶ月くらい(適当)で表示されるようになるようなのですが、新潮文庫作品を新刊で読んだ時はなかなかブログにアップできなくて、そうこうするうちに忘れてしまったりするので困ってしまいます(T_T) 本書は表紙の印象が薄い(私にとって)ので、もういいやと思ってアップすることにしましたが^^; ちなみに1月読了分。