『破壊者ベンの誕生』 ドリス・レッシング

破壊者ベンの誕生  ドリス・レッシング/上田 和夫 訳 (新潮文庫) ¥540  評価…★★★☆☆ <あらすじ> 舞台は1960年代のロンドン。能力があり感じが良く魅力的な容姿をもっているが、周囲から変人扱いされているデイヴィットとハリエットは会社関係のパーティで運命的に出会った。ふたりが周囲から変人扱いされている理由は、フリーセックスを好まず、なるべく大人数の幸せな家庭を築きたいと思っているという一世代上の人間からすると至極真っ当な考え方からだった。 理想的な伴侶に巡り会ったふたりはすぐに結婚し新居を探す。そして、大家族を望むふたりが選んだ家は郊外ではあるが分不相応な大邸宅だった。何しろふたりは最低でも6人は子供をつくるつもりだったのだ。彼はらふたりともそれなりの給料がもらえる職に就いてはいたので、しばらく共働きをし倹約すれば何とかなるだろうと思っていた。ところが、理想的な家を手に入れた歓喜の余りか、二人は危険性を認識していたにも関わらず無思慮な性行為を止めることができず、ハリエットは妊娠してしまう。当初、周囲は彼らの新居購入から始まる無思慮とも思える行動に批判的だったが、彼らの断固たる姿勢と揺るがない信念、そして生まれてきた愛らしい赤ん坊に負けて、それぞれ援助するようになる。その後も彼らには不思議なくらい次々と子供が出き、経済的には楽ではないが、彼らにとっては全く理想通りの、そして相反する考えを持つような人でも心のどこかで夢に描くような幸せな家庭生活を送っていた。 ところが、突然そんな生活が一変する。それはハリエットの5回目の妊娠によってだった。できる限り多くの子供が欲しいと思っていたふたりが、さすがにしばらくは中断しようと用心に用心を重ねていたにも関わらず授かったこの子供は、ハリエットのおなかにいる時からどこかが違っていた。そして…。
短い作品はあらすじを書いてるとつい全部書いちゃいそうになりますね…。でも、この作品に関してはネタバレってあんまり意味ないかもしれません。ここに書かれていることが何なのか、作者は何を言わんとしてるのかは各自が判断するしかないような作品なんですよね。 ※以下ネタバレ有り※ …と言いつつ、一応ネタバレ注意を入れてみました^^; いい夫婦の日(11月22日)なんて糞食らえ!というような気分で本書をチョイスしたわけでは決してないのですが、まぁ図らずもそんな内容のお話です。実は、私は『悪魔の赤ちゃん』(ホラー映画です)みたいな感じなのかなぁと思って軽~い気持ちで本書を購入したのですが、これが全然違うんですね(*_*)  思いがけない異形の存在が…という風に大きく括れば共通してなくもないけど、この作品で異形として扱われるベンは見方によっては全く普通の子供なんです。『ファンハウス』で出てきたみたいな人類とは種族が違うとしか思えないフリークスとかではなくて、せいぜい「醜いアヒルの子」くらいな感じ。目立った差異は、ふつうより成長が早い、粗暴、知力に劣る、情緒に欠ける…とかいう程度なんですよね。そして、この物語はフリークスとされるベンの視点からは全く語られないので、何が真実なのかは全くわからないんです。ベンをゴブリンだの何だの言う人々がいる反面、ベンを受け入れてくれる人々もいたというところからすると、おそらくベンは本当の意味でのフリークスではないのではないかと思えるんですが…。 この作品は多分読む人によって受け止め方がかなり違うんじゃないかなぁと思います。今までの人生で「自分は人とは違うんじゃないか」と思ったり、疎外感を感じたりしたことがない人は、デイヴィットやハリエットに感情移入できなくてもベンを化け物だと思って単純に不気味な話として読めるのかもしれません。でも、そうでない人はベンに感情移入はできないまでも(内面が全く描写されてないので普通は感情移入できないと思われますが…)、これは自分かもしれないと思ってしまうのではないでしょうか。また、そうでない人の中にも、デイヴィットとハリエット夫婦やその周囲の人々の考え方を自分の中の差別意識みたいなものと照らし合わせて暗然とする人がいるのではないでしょうか。これは家族や子供についての物語というよりは、集団の中の異質な存在についての物語だと思った方が適切なのかもしれません。私はベンであり、ハリエットであり、デイヴィットであり、デボラであるのかなぁと思ったりしました。自分で思う自分のあるべき姿と周囲から思われているであろうあるべき姿にブレのない人に幸いあれ。そうでない人は…お互い何とか頑張りましょう(;_;) いやぁ、生きるって辛いですねぇ。